耳を澄ませば・・・ [モノローグ]
古代の人々の耳には、どんな音が届いていたのだろう?
と、ふと考えることがあります。風が吹き樹木の葉や枝がすれる音。
雨が地面を打ちつける音。雷。川の流れる音。波の音。
水滴が落ちる音。炎が燃えさかる音。岩が崩れる音。地響き。
自然がつくりだす音の他には、動物の鳴き声くらい?
道具をつくり、それを使うようになって、材料と道具が奏でる音が生まれ、
初めて人工的な音が生まれましたが、それでもほとんど機械的な音は
存在しなかった・・・。
それに比べて、私たちの生活は朝から晩まで音だらけ。音の流れの中で
毎日ゆらゆら漂っているかのようです。
GW中に関西に足を伸ばしてきました。観光というよりも、日常からちょっと
遠くへ逃げ出した、大人の散歩でしょうか。
美術館と博物館・資料館を、2日間で4か所まわってきました。現代美術、浮世絵、
作家の書斎、陶磁器と、見るものはすべて違いました。
実際には来館者の会話や靴音が耳に届いていたのですが、4か所とも
見学中は何とも言えない静寂に身をおくことができました。
それは、ただ視覚を使って、聴覚を使わなかったということではありません。
浮世絵からは、江戸のにぎわいや遊女のため息が。また陶磁器からは、
陶土をこねたり、窯の火の弾ける音が、聞こえたような気がします。
カナダの作曲家・音楽環境研究家、R・マリー・シェーファーは、
「サウンドスケープ」(音の環境)という概念を提唱し、それをより良くするために
耳を澄ませ、聴き方を学び、世界のサウンドスケープをデザインしていこうと
活動しています。
音や音楽を、能動的に聴き、自分たちの心理や生活との関わりについて、
もっと注意深くなっていきたいと、改めて思います。
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